まむのブログ

特に決まったテーマ等なく、自分の思いの丈を書いていこうかと。社会人なりたてのひよっこの意見ですが何卒よろしくお願いします。

転職について

今日久しぶりに会った会社の同期とご飯に行きました。そこで話したのが転職についての話だったんです。まだ社会人1年目なんですけどね。

いや、むしろ社会人1年目だからこそ転職の話がでるのかなっとも思いますが。
会社に入ったはいいものの、自分のやりたくないことをやらされる日々。そのやる気が起きない日々の中で学べるものもなくただただ時間が過ぎていく。
そういったことに嫌気がさしたみたいです。

確かに単純作業や、自分のやりたいことができないのは辛いですよね。

じゃあ、転職先をどうするか。

その同期はやはり、自分の強みを生かした業界、会社に行きたいみたいです。
自分のやりたいことと一致しているし、その知識もあるから、と。

 

私はぼんやりと転職するっならどこって考えた時、むしろ何も知らない業界に行ってみたいと思ってしまいました。

自分の知らない世界でどんなことができるのかも気になりますし、そもそも知らないことを体験できるのって素晴らしいことだな、と。

この話にどっちが正しい、なんてことはないでしょうが。

読んだ小説と自分の日常生活と

「もう、死んでもいいかな。」
「え、ホントに言っとうと?」
「いやいや、冗談よ。ごめんね。こんなこと言ったらいかんね。」 

先日、小説を読み終わった時に父と私の会話を思い出した。
その小説の中の登場人物が同じような会話をしていたことが引き金になったように思う。父も、小説の登場人物も死にたがっていた。

主人公が神のように崇め、そして恋焦がれる人が皮肉なことに主人公の才能のせいで堕落していく。神は自分のことを慕ってくれる人に堕落していく様を見せるしかなく、主人公もどうすることもできず。そこで主人公はとった行動は……
と言う内容だった。

私の中の父も、神のような、ある種崇めていた存在だった。
それというのも、父は単身赴任で家におらず、月に一度くらいしか会えない存在であった。そのため、父が帰ってくる日は私にとって『特別な日』に感じていた。めったに会えない特別な存在に会える日である。
父は面白く、そして優しい人だった。そんな父のことが大好きで、単身赴任先に帰っていく父を泣きながら見送っていたことを簡単に思い出すことができる。

そんな父が変わってしまったのは今年のゴールデンウィークだった。
脳の手術と同時に昔の父とは違う存在になってしまった。
いや、本当は手術前から違う存在だったのかもしれない。
私が気付けなかっただけで。

カレー味のう◯こかう◯こ味のカレーか

昔から言われ続けている永遠の問題。

カレー味のう◯こかう◯こ味のカレーか。

あなたはどっちがいいですかっていう話なんですが、お仕事で例えていた例を見まして。

 

お給金がいいけどやりたくない仕事か、お給金が安いけどやりたい仕事か。

 

これってめちゃくちゃ難しいですよねー……

って一瞬思ったんですけど。そんなことはなく。

お給金が安いと感じている時点でやりたくないのでは?と思ってしまいました。

 

やりたい仕事って、中身も給料も、全部含めてやりたいってことだと思うんですよね。

そんな仕事この世になかなかないですけど。

 

好きな仕事で、高いお給料もらえるようになるのはやっぱり一流になってからなんでしょうね。

 

でも一流になる程やりこみたいことなら安いお給料でもやるんじゃないかなあ……

 

でも皆さん、やりがいや、この仕事がしたい!って気持ちで仕事をやられてるんですね。

純粋にすごいことだと思います……

 

 

あ、ちなみにカレー味のう◯こかう◯こ味のカレーかと言われたらどっちもお断りとだけ答えます。

新人研修、特にグループワークの目的

新人研修の中で少なからずあるのがグループワークだと思います。

ゴールは何であれ新人研修のグループワークはきっと、『主体性』、『協調性』、『チームにおけるタスク分担』を身につけてほしいために行われるのではないかと思います。

 

あんまり面白くないですよね、正直。

グループの中で何もやらない人間もいますし、頭が堅い人間もいます。

一人でやればもっとスムーズにいくのって思うことがあります。

グループワークで進行や作業をかき乱す存在って少なからずいますもん。

 

私もあんまり楽しくありませんでした。グループワーク。

 

ですが、考え方を変えたらかなり面白いものになりました。

 

その考え方というのは、「これはチームメンバーを使った実験だ」と思うことです。

 

僕の場合は「リーダではない立場からチームを引っ張る」ことを目的として、今のメンバーに対しどんな状況でどんな言葉をかければチームが自分の思い描いた方向に向かうのか、ということを実験していました。

タイミング、語尾、どんな範囲(個人や全体)で話すのか等々に気を使いながらグループワークを進めました。

 

研修のそもそものゴールに向かうのは大前提かもしれませんが、所詮研修。失敗しても構わない、という気持ちでのグループワークでしたね。

 

自分の中で一つ目的を作ることで研修への参加意欲も変わりました。

 

この研修は自分にとって意味がない、と思える研修は多いと思うんです。

そんな時に、これは自分にとって実験する機会だ、と思ってみてはいかがでしょうか。

グループワークを上手くこなしたい貴方へ

社会人なりたての浅学ですが、グループワークについて書きたいと思います。

 

結論から書きますと、グループワークの骨子は『チーム内の認識』です。

実に当たり前のことですよね。

チーム内で認識の面があったらことが上手く運ばないのは当たり前です。

 

しかし、貴方のチームは認識違いを起こしていないでしょうか。

「〇〇の時に××すると思ってた」「あれはこういう意味だと思ってた」

こういった感想はグループワーク後の振り返りでよく聞きます。

「〇〇のつもりだった」

と自分でも思うことがあるでしょう。

 

グループワークは期間が設定され、一つのゴールに向かって作業を協力して行うものです。

その中でチームをつなげ、作業を円滑に進める元となるものは目的意識です。

その目的意識の認識のズレこそグループワークの良し悪しを決めるものだと、私は考えます。

 

期間が決まっているからいちいち確認してらんない、時間がない、というのももっともなご意見です。

ですが、石橋を叩くつもりで、認識のズレがないか確認してみてください。

「〇〇って××の認識でいいよね?」

この一言で方向性の修正もできますし、わからないことがあったメンバーも一気に発言しやすくなると思います。

 

意見を一発で齟齬なく相手に伝えられたら最高ですが、受け手と話し手の感性のズレは如何ともできません。

あなたの認識確認の一言でグループが救われるなら安いものです。

 

認識を擦り合わせた結果、グループがするべきタスク、各個人が行なうべきタスクが明確になってグループワークがはかどると思います。

 

こと認識については石橋を叩きすぎるくらいがちょうど良いと思います。

 

しかし、最初の記事が、認識についての話とは……

 

 

今後ともよろしくお願いいたします。